2016年11月07日

no title

午前7時45分、携帯電話が鳴った。
布団に入ったまま画面を見ると”病院”と表示されている。
寝ぼけた頭ながら「もしかしたら」と思いはした。
緊迫した早口を予想し、電話に出る。
「心臓が停止しました。いらして下さい」
 携帯越しに聞いた声はとても落ち着いていた。ちょっと処置したら、また動くのかもしれないと思えるくらいに、落ち着いていた。なんだか拍子抜けした気分で支度をし、母と一緒に家を出た。
病室に着くと小さくなった父がぽかりと口を開け、陽の差すベッドに横たわっている。
眠っているようでもあるし、死んでいるようでもある。手を握ると温かかった。
対面したものの強い感情は湧かず、正直なところ「こんなものなのか」と思った。
実感のないまま主人や親戚に連絡を入れ、一息つく。
廊下に出ると、父が
「掃除にくる度、声かけてるんだ。『いつもありがとう』とか『お疲れ』とか。そしたらちょっと世間話できるようになって」
 と、話していた清掃係の方がいらしたので、お礼を言った。すると

「あんなに辛くて苦しかったはずなのに、それでも私に話しかけてくれて、笑わせてくれた。すごいことです、師匠です。私は体の事はお手伝いしてあげられないから、せめて心が少しでも楽になるようにと…。○○さん(父)の事、忘れません。こういう事は忘れないです、絶対」

 潤んだ目で痛みを堪えるように一生懸命伝えて下さった。
誇らしさと感謝と、いろいろな気持ちが一気にこみ上げ、そこで初めて涙が溢れた。

私の父はヘソ曲がりで頑固でせっかちで、だからきっと迷惑も沢山かけたはずで。
それなのにイケメンでもない、病で呂律も回ってないオッサンの冗談や長話に耳を傾けてくれて、ありがとう。
だけど、私の父はとてもとても立派で素敵ですごい人だったから。
それをわかってくれて、ありがとう。

ぽろぽろ泣きながら、そう思った。
posted by 桂木 at 23:59 | Comment(0) | 日記